が少しも突飛に思われないのは、全く岡村君の気品の然らしむる所で、到底他人の企及し難い事であると、私も密に感服しました。況んや岡村君の遊びに行く新橋や柳橋や赤坂辺の芸者達が、盛んに彼を崇拝したのも無理のない話です。 「君のような生活を送って居たら、もう再び学校なんぞへ這入るのは嫌になるだろう。」 私がこう云って尋ねると、彼は頻りに冠《かぶり》を振って、 「いやそんな事はない。僕は決して学問の値打ちを軽蔑する事は出来ない。君にはまだ僕の性質がほんとうに分って居ないのだろう。」 と答えました。それでも私は内々疑って居ましたが、いつの間に彼は数学を習って居たものか、明くる年の夏には見事優等の成績で一高へ入学して了いました。私はます/\感服しました。 [#7字下げ]六[#「六」は中見出し] 少くとも学問の点に於て、私は岡村君に負けてはならないと云う気が始終あったのです。其上自分は貧窮な学生であると云う事が刺戟になって、私は激しい神経衰弱に陥る程無我夢中の勉強を続けました。私の頬は痩せ、血色は青褪め、見るから哀れな、うら淋しい姿になりました。私は、偉大なる芸術家になるには、先ずどうしても十分に哲学を研究しなければ駄目だと思い、覚束ない独逸語の力でニイチェやショオペンハウエルを一生懸命に読み耽りました。其結果、安本のレクラムの細かい活字にあて[#「あて」に傍点]られて、私は忽ち度の強い近眼になって了いました。 「本を読む事は大切だ。しかしそれよりも完全な眼を持つ方が一層大切だ。」と云って、岡村君は決して活字の細かい書物を読もうとはしませんでした。彼は学校で独逸語の教師から教わって居るラオコオンの十四章のページを開いて、私の前に突きつけながらこんな事を云いました。 「眼の事で思い出したが、レッシングと云う男は何だか虫の好かない人間だね。君、こゝに斯う云う文章があるだろう。――― 〔Aber mu:sste, solange ich das leibliche Auge ha:tte, die Spha:re desselben auch die Spha:re meines innern Auges sein, so wu:rde ich, um von dieser Einschra:nkung frei zu werden, einen grossen Wert auf den