。テーブルの上の水盤に支那水仙が活《い》けてあって、電気ストーヴにあたっていたのを覚えているから、何でも冬の、美しく晴れた日のことだった。その前の晩もやはり夜通し泣きつづけて、彼女も要もほとんど寝られなかったので、さし向いになった夫婦は孰方《どっち》も脹《は》れぼったい眼をしていた。実は要はゆうべのうちにも口を切ろうかと思ったのだが、弘が眼をさます心配もあり、暗い場所だとそれでなくても涙を用意している妻が一層感傷的になりそうなので、わざとさわやかな朝の時間を選んだのであった。「このあいだから考えていたんだがお前に少し相談があるんだ」と、彼が出来るだけ軽快な、ピクニックにでも誘うような気楽な口調で切り出したとき、「あたしもあなたに相談したいことがあるのよ」と、鸚鵡《おうむ》返しに美佐子もそう云って、睡眠不足の眼のふちで微笑しながら煖炉《だんろ》の前へ椅子を寄せた。そして互にその胸の中を打ち明けてみると、二人は大体同じような経過を辿《たど》って同じような結論に達していた。とても自分たちは相愛し合うことは出来ない、互の美点は認めているし、性格も理解しているのだから、これから十年二十年を過ぎ、老境にでも入ったらば或は肌が合うようになるかも知れないけれども、そんなアテにもならぬ時を待ったところで仕様がないと夫が云えば、「あたしもそう思う」と妻が答えた。子供の愛に惹《ひ》かされて自分たちの身を埋れ木にするのが愚かしいと云う考にも二人ながら行き着いていた。けれどそこまでは来ていながら、「別れたいのか」と一方が問えば、「あなたはどう?」と一方が問い返す。つまり孰方も別れた方がいいのを知りつつそれだけの勇気がなく、ただ自分たちの弱い気質を呪《のろ》っては当惑している状態にあった。 夫の腹の中を云えば自分の方から妻を追い出す理由はないし、積極的に出れば出るだけ寝ざめが悪いに違いないから、なるべくならば受け身でありたい。自分はさしあたり誰と結婚したいと云う相手があるのでもないのだが、妻にはそれがあるのだから、妻の方から覚悟をきめてもらいたかった。ところが妻の云い分は、夫にそう云う相手がなく、自分ばかりが幸福になるのでは別れづらい。自分は夫に愛してもらえなかったとは云え、夫を無情な人だとは思っていない。上を望めば切りのない話だが、ずいぶん世間には不仕合わせな妻も多いことだし、それから見れば自分