は厩橋の方へ進んで来ました。橋の上には真っ黒に人がたかり、黄色い顔がずらりと列んで、眼下に迫って来る船中の模様を眺めて居ります。だん/\近づくに随い、ろくろ[#「ろくろ」に傍点]首の目鼻はあり/\と空中に描き出され、泣いて居るような、笑って居るような、眠って居るような、何とも云えぬ飄逸《ひょういつ》な表情に、見物人は又|可笑《おか》しさに誘われます。兎角するうち、舳が橋の蔭へ這入ると、首は水嵩の増した水面から、見物人の顔近くする/\と欄干に軽く擦《こす》れて、其のまゝ船に曳かれて折れかゞまり、橋桁の底をなよ/\と這って、今度は向う側の青空へ、ふわり、と浮かび上がりました。 駒形堂の前まで来ると、もう吾妻橋の通行人が遥かに此れを認めて、さながら凱旋の軍隊を歓迎するように待ち構えて居る様子が、船の中からもよく見えます。 其処でも厩橋と同じような滑稽を演じて人を笑わせ、いよ/\向島にかゝりました。一丁ふえた三味線の音は益々景気づき、丁度牛が馬鹿囃しの響きに促されて、花車《だし》を挽くように、船も陽気な音曲の力に押されて、徐々《しず/\》と水上を進むように思われます。大川狭しと漕ぎ出した幾艘の花見船や、赤や青の小旗を振ってボートの声援をして居る学生達を始め、両岸の群衆は唯あっけ[#「あっけ」に傍点]に取られて、此の奇態な道化船の進路を見送ります。ろくろ[#「ろくろ」に傍点]首の踊りはます/\宛転滑脱《えんてんかつだつ》となり、風船玉は川風に煽られつゝ、忽ち蒸汽船の白煙りを潜り抜け、忽ち高く舞い上って待乳山を眼下に見、見物人に媚ぶるが如き痴態を作って、河上の人気を一身に集めて居ます。言問の近所で土手に遠ざかって、更に川上へ上って行くのですが、それでも中の植半から大倉氏の別荘のあたりを徘徊する土手の人々は、遥かに川筋の空に方り、人魂のようなろくろ[#「ろくろ」に傍点]首の頭を望んで、「何だろう」「何だろう」と云いながら、一様に其の行くえを見守るのです。 傍若無人《ぼうじゃくぶじん》の振舞いに散々土手を騒がせた船は、やがて花月華壇の桟橋に纜《ともづな》を結んで、どや/\と一隊が庭の芝生へ押し上がりました。 「よう御苦労、御苦労。」 と、一行の旦那や藝者連に取り巻かれ、拍手喝采のうちに、ろくろ[#「ろくろ」に傍点]首の男は、すっぽり紙袋を脱いで、燃え立つような紅い半襟の隙から、浅黒い坊