く表門のベルが鳴って、犬が其方《そちら》へ走って行く足音を聞くと、 「あ、姉ちゃんや」 と云って、又降りて来てしまった。 「お帰り」 「お帰りなさいませ」 「只今《ただいま》」 ジョニーが喜んで跳び着こうとするのを、「これッ」と云って制しながら玄関の土間に立った雪子は、衣裳鞄《いしょうかばん》を持たせられて後から這入って来た妙子の、近頃|殊《こと》に張り切っている血色に比べると、汽車の疲れで、顔に著しい窶《やつ》れを見せていた。 「お土産|何処《どこ》に這入ってるのん」 と、悦子は早くも自分で鞄を開けて、中を調べ始めたが、一束の千代紙とハンカチの箱とを直ぐ見つけ出した。 「悦ちゃんこの頃ハンカチの蒐集《しゅうしゅう》してるのんやてなあ」 「ふん、有難う」 「まだもう一つあるわ、その下の方見て御覧。―――」 「あった、あった、これやろ」 そう云って悦子は、銀座の阿波屋《あわや》の包紙に包んである箱を取り出したが、中から出て来たのは紅いエナメルの草履であった。 「まあ、ええこと。穿《は》き物は矢張東京やわなあ。―――」 と、幸子もそれを手に取って見ながら、 「これ、大事に直しといて、来月お花見に穿きなさいや」 「ふん。いろいろ有難う、姉ちゃん」 「何や、悦子のお待ち兼ねはお土産の方やったんか」 「さあ、もうええやろ、これみんな二階へ持って行きなさい」 「今夜は姉ちゃんと一緒やで」 「分ってる、分ってる」 と、幸子が云った。 「姉ちゃん今からお風呂やさかい、先へ行ってお春どんと寝てなさい」 「早う来てね、姉ちゃん、―――」 雪子が風呂から上ったのは十二時近くであったが、それからひとしきり、貞之助と三人の姉妹とは応接間の煖炉《だんろ》にぱちぱちはねる薪《まき》の音を聞きながら、久しぶりに顔を揃《そろ》えてチーズと白葡萄酒の小卓を囲んだ。 「温《ぬく》いわなあ、此方《こっち》は。―――さっき蘆屋の駅へ下りた時にやっぱり東京と違うなあ思うたわ」 「もう関西はお水取が始まってるさかいにな」 「そない違うか知らん」 「えらい違いやわ。第一空気の肌触《はだざわ》りが、こない柔かいことあれへん。何せ名物のからッ風がひどうて、―――二三日前にも、高嶋屋へ買い物に行って、帰りに外濠《そとぼり》線の通りへ出たら、さっと風が吹いて来て持ってる包《つつみ》吹き飛ばしてしもうて、それ追いかけて取ろうと