んな絵を見てもやっぱり滑稽を感じるのかね。」 私が斯う反問すると、彼はいよ/\得意になって、議論の歩を進めます。 [#7字下げ]七[#「七」は中見出し] 「滑稽を感じないまでも、或る一種の快感に打たれる事はたしかだね。寧ろ絵にした方が面白いくらいだね。一体芸術的の快感を悲哀だの滑稽だの歓喜だのと云うように区分するのが間違って居る。世の中に純粋の悲哀だの、滑稽だの、乃至歓喜だのと云うものが存在する筈はないのだから。」 「僕も其の点には賛成するが、君は詩の領分と絵の領分との間に、レッシングの説明したような境界のある事を認めて居ないのかね。」 「全然認めて居ない。ラオコオンの趣旨には徹頭徹尾反対だ。」 「そいつは少し乱暴過ぎる。」 「まあ聞き給え。―――僕は眼で以て、一目に見渡す事の出来る美しさでなければ、即ち空間的に存在する色彩若くは形態の美でなければ、絵に画いたり文章に作ったりする値打ちはないと信じて居るんだ。そのうちでも最も美しいのは人間の肉体だ。思想と云うものはいかに立派でも見て感ずるものではない。だから思想に美と云うものが存在する筈はないのだ。」 「そうすると芸術家になるには、哲学を研究する必要はない訳だね。」 「無論の話さ。―――美は考えるものではない。一見して直に感ずる事の出来る、極めて簡単な手続きのものだ。而も其手続が簡単であればある程、美の効果《エッフェクト》は余計強烈である可き筈だ。君はペエタアのルネッサンスを読んだ事があるだろう。たしか彼の本の中に、凡ての芸術のうちで最も芸術的のものは音楽であると云うような意味が書いてあったろう。つまり音楽の与える快感ぐらい直截で簡明で手続きの要らないものはないと云うのだ。いかに美しい詩歌でも絵画でも、多少の意味を持って居ないものはない。之に反してピアノにしろヴァイオリンにしろ、総ての楽器から出て来る音響には全く意味と云うものがない。音響は考える事が出来ない。唯美しいと感ずるばかりである。其の点に於て音楽程芸術の趣旨に適ったものはないと云えるのだ。」 「そのくらいなら、君は音楽家になったらいゝじゃないか。」 「ところが不幸にして、僕の耳は僕の眼のように発達して居ないから、音響に依る美感と云うものをそれ程強く感受する事が出来ない。音楽は美感を人に起させる形式に於いて優れて居るけれど、美感そのものゝ内容に至っては何だか稀