婆やに聞くと、今日も指壓の先生が来て二時から四時半ぐらいまで、昨日より三十分以上も長く治療していた。肩がこんなにひどく凝るのは血壓の高い証拠であるが、医者の薬なんぞ利《き》きはしない、どんなに偉い大学の先生にかかってもそう簡単に直るはずはない、それより私にお任せなさい、請《う》け合って直して上げる、私は指壓ばかりでなく、鍼《はり》や灸《やいと》も施術する、まず指壓をして利かなかったら鍼をする、眩暈《めまい》は一日で効験が現われる、などとあの男は云ったという。血壓が高いといっても、神経に病んで頻繁《ひんぱん》に測るのはよろしくない、気にすれば血壓はいくらでも上る、二百や二百四五十あっても不養生をして平気で生きている人が何人もいる、むやみに気にしない方がよい、酒や煙草《たばこ》も少しぐらいは差支えない、あなたの高血壓は決して悪性のものではないから、大丈夫良くなりますと云ったとやらで、夫はすっかりあの男が気に入ってしまい、これから当分毎日来てくれ、もう医者は止める、と云っていたという。六時半に夫は散歩から帰って来、七時に二人で食事をした。若筍《わかたけ》の吸い物、蚕豆の塩うで、きぬさやと高野豆腐《こうやどうふ》の焚《た》き合せ、―――昨日錦で買って来た材料を婆やが料理したのである。ほかに六十目ほどのヒレ肉のビフテキ。(野菜を主にして脂肪分の濃厚なものは控えるように云われているのだが、夫は私との対抗上毎日|缺《か》かさず牛肉の何|匁《もんめ》かを摂取している。スキヤキ、ヘット焼、ロースト等々いろいろであるが、半生《はんなま》の血のたれるステーキを最も好んで食べる。嗜好《しこう》よりは必要のために食べるので、缺かすと不安を覚えるらしい)―――ステーキは焼き加減がむずかしいので、私がいる時は大概私が焼くのである。※[#「魚+鑞のつくり」、第4水準2-93-92]子がようよう届いたとみえて、それも膳の上に載っていた。「これがあるからちょっと飲もうか」ということになって、クルボアジエを運んで来たが、たくさんは飲まなかった。先日私の留守中に敏子と喧嘩《けんか》をした時に、夫があらかた罎《びん》を空《から》にしてしまって、底の方にほんのちょっぴり残っていたのを二人で一杯ずつ乾《ほ》したのであった。夫はそれからまた二階に上った。十時半に風呂が沸いたことを二階へ知らせた。夫が入浴したあとで私も