村さんが誘いに来たが、敏子は五時頃おくれて来た。「遅いじゃないか」と云うと、「時間が半端だから食事を済ましてからの方がよくはなくって。ママ、今日は私がサーヴィスするから関田町で御飯を上ってよ。まだ一遍も私の所で落ち着いたことはないじゃないの」と敏子が云った。「かしわを百目買うて来たわ」と、彼女は鶏肉や野菜や豆腐を両手に持って木村さんと私を連れ出したが、「これはここのを寄附して貰うわ」と、まだ半分以上残っていたクルボアジエの罎《びん》も提《さ》げて出て来た。「それは止した方がいいわ、今日はパパが留守だから」と私は云ったが、「でもせっかくの御馳走《ごちそう》にこれがないのは淋《さび》しいから」と云うのだった。「御馳走なんかいらないわよ、これから映画を見に行くのにもっと簡単なものがいいわ」と云ったけれども、「すき焼の方がかえって簡単よ」と敏子は云った。ピアノの前に二月堂の卓を二つつないで、瓦斯《ガス》のカンテキ(鍋《なべ》やカンテキは母屋から借りて来たのである)ですぐに始めたが、具《ぐ》がいつもより分量が多く、種類もたくさん揃《そろ》えてあるのに驚いた。葱《ねぎ》、糸蒟蒻《いとごんにゃく》、豆腐はよいとして、生麩《なまふ》、生湯葉《なまゆば》、百合根《ゆりね》、白菜等々、―――敏子はそれらをわざと一度に運んで来ないで、ときどき、少しずつ、なくなると後から後からと附け足した。かしわも百目ではなかったような気がした。自然、なかなか御飯にならないでブランデーが進行した。「お嬢さんがブランデーのお酌をなさるなんて珍しいことですな」と云いながら、木村さんも平生よりは過した。「もう映画には遅いわね」と、頃あいを見て敏子が云った。私にしても映画を見るには酔いが廻り過ぎていた。が、そう云っても、そんなに量を過したようには感じていなかった。これはいつでもそうなのだけれども、私は酔いを殺して飲むせいで、或る程度まではシッカリしていて、一定の量を超過すると俄然怪しくなるのである。最初私は、今夜は敏子に酔わされるかも知れないなと、内々警戒していないではなかった。しかし、警戒する半面に、多少期待する―――あるいは希望する―――気持もなかったとは云えない。私は木村さんと敏子との間に、あらかじめ手筈《てはず》が定めてあったのかどうかは知らない。聞いたところでそんなことを云うはずもないから、聞きもしない。た